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2020年9月3日木曜日

いよいよスーズダリ

 ウラジーミルからスーズダリ、バスで田舎道をひたすら走り、途中ではうとうと⇒すやすやだったが、目覚めると教会の屋根が見えてきた。農村っぽく牛馬もいる。

(ウラジーミルはトラクター工場などがあり、鉄道も通っているが、スーズダリは農業と観光の街)






教会で(修道院で)売っている蜜酒。とお手伝いしている猫


キスキスキス・・・

2010年8月21日


2012年7月15日日曜日

スーズダリへの道中

ウラジーミルからスーズダリへ。
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民家
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レストラン?

この道は、やはりずっと田舎の風景です。

ここが市の境界か?
スーズダリの看板です。
そして、スーズダリは、クレムリンと川とあとは教会ばかりの町です。



スーズダリ自体が古都とはいうものの田園の中にある小さな町なのです。
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バス停?


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スーズダリのクレムリン 



カーメンカ川

教会の名前が難しくて覚えられない。
たくさんあってどれがどれやら。


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たぶん生神女生誕聖堂
Собор Рождества Богородицы



この市場の隣にあるのはヴォスクレセンスカヤ(復活)教会です。
奥の緑の低い建物は市場。
広場は(今では)お土産屋さんが連なっています。

2012年5月4日金曜日

まるでタペストリー

ウスペンスキー大聖堂から、旧役所の建物(後述)に沿って奥に向かうと、


ドミトリエフスキー聖堂があります。
ドミトリエフスキー聖堂は、フセヴォロド大巣公の私的な礼拝堂として建てられたもので、大巣公の守護聖人であるドミトリー・ソルンスキー(テッサロニキのデメトリオス)に捧げられている教会です。

屋根の上には“ゆりかご”付きの立派な十字架がありますが、



さらに目を引くのは壁面いっぱいに、まるでタペストリーのように覆われた多様なレリーフです。
聖人像もあるようですが、主に異界の動物たちが描かれています。


竪琴を持っている中央の人物はダヴィデ



見れば見るほど不思議な心持ちになります。
キリスト教受容以前の土着の宗教との二重信仰が表れているようにも思えます。




2012年4月19日木曜日

ウラジーミルの中心地

ウスペンスキー大聖堂は、ウラジーミルの宗教的・政治的中心地、すなわちロシアの中心地でありました。
この大聖堂は、アンドレイ・ボゴリュープスキー公が築いたもので、中にはアンドレイを含め歴代ウラジーミル大公とその家族、府主教たちが葬られています。
アンドレイ・ボゴリュープスキー公は「聖骨」扱いです。
アレクサンドル・ネフスキーの「聖骨」もあります(指部分)。
聖堂内は撮影禁止。
アンドレイ・ルブリョフによる(←おそらく)「最後の審判」の絵があります。


ロシア革命直後、ウスペンスキー大聖堂に隣接する、“景観的に余分な”建築物は取り壊されてしまったのですが、ゲオルギエフスカヤ教会と鐘楼は破壊を免れました。

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ゲオルギエフスカヤ教会は手前。


鐘楼


柵も教会の丸屋根風です。
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動物のレリーフが並んでいます。ちょっと不気味。
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2012年4月18日水曜日

展望台のウラジーミル

さて、約半年ぶりに復活です。
日曜日はパスハでしたし。

そうそう。
ウラジーミルのウスペンスキー大聖堂のところまでやってきたのでした。


ウスペンスキーを左手にして、右側の道の向こうをみると、トロイツカヤ教会(右)が見えます。
この道を登って、展望台へ。
すると、銅像が 待っています。

 この写真だと、騎士一人に見えるかもしれませんが、

実はもう一人います。
ウラジーミル公と聖フョードルの像でした。


展望台からは、眼下にクリャジマ川、そして周囲には教会がいくつも見えます。
修復中の教会が多いです。

2011年10月18日火曜日

消えたルナチャルスキー

旧ソ連では地名など固有名詞に人名が使われることが多いのですが、価値観の変化に伴って、名称も変わってしまうことがしばしばあります。(スポーツのクラブ名は、そんな中で比較的旧ソ連時代のものが変わらず使われているものだという気がします。やっぱり贔屓のチーム名が変わってしまうのは寂しいものですからね。)
レニングラードがサンクト=ペテルブルグに、クイビシェフがサマラに、ゴーリキーがニージニー=ノヴゴロドに変わった、というか元々の地名に戻ったり、キーロフ劇場がマリインスキー劇場になったり(戻ったり)、それこそ激変です。
ウラジーミルでも、『ロシア建築案内』刊行時には、“第三インターナショナル通り”だったメインストリートが、どうやら今では“ボリシャヤ・モスコフスカヤ通り”になっているようです。
(これも古い地名に戻ったのでしょう。)
そして、黄金の門の交差点の広場に建つ州立アカデミー・ドラマ劇場も、“ルナチャルスキー名称”というのが冠せられていたはずですが、今年撮った写真をみると、その名が消えている!

こちらが去年の写真。


わかりにくいので、他サイトのこの写真もご覧ください。
http://planet33.ru/vladimirskiy-oblastnoy-teatr-imeni-lunacharskogo/galleries/523#photo=26084

Театр драмы им. А.В. Луначарскогоと、昨年(2010年)の段階では書かれていました。

ところが、今年の写真では、


Академический театр драмыとなっていて、ルナチャルスキーはどこ?!

Анатолий Васильевич Луначарскийアナトリー・ヴァシリエヴィチ・ルナチャルスキーはソ連の初代文部大臣で、ソ連初期の文化政策において彼の名は忘れるわけにはいかないのですが、評価については光と影の両面があっていろいろ難しいところですね。
文化省のトップだったゆえに、彼の名を冠した劇場はここウラジーミルだけではなく、他の都市にもある(またはあった)ようです。

建物の名前の上の部分にある、Андрей Боголюбскийはユーリー・ドルゴルーキーの息子で、スーズダリ=ウラジーミル公国の公だった、歴史上の人物。
要するに、ウラジーミル公国建国の父。



http://v.youku.com/v_playlist/f3315085o1p44.html

こういう人のようです。

このポスターも、もしかして、上の動画(アニメーション)の広告なのか?

さて、付け足しみたいになってしまいましたが、黄金の門の向かいの一角に、トロイツカヤ教会があります。
上の写真の手前左側に建っています。
古いロシアの様式を採り入れていますが、建築は1913年と新しいものです。
古儀式派の人たちが作った教会ですが、ソ連時代に教会としては活動を停止させられ、現在は博物館+お土産屋さんとなっています。
今年は修復中のようでした。
教会として復活する日は来るのでしょうか。


こちらは昨年の写真です
↓

2011年9月12日月曜日

近寄りがたい存在

モスクワクレムリン内部でも、兵器庫(現在は警護の兵士たちの宿舎)、大統領府、大統領官邸というレーニン廟側の建物は非公開だし、近づくことだってできません。
(そういう権力の中枢に関しては、どの国だってそうです。特にロシアだから、ということではありません。)

近くにはいけるけれど入れないのは大クレムリン宮殿やグラノヴィータヤ宮殿。
謎のテレムノイ宮殿付き教会、さらにその奥にも教会がありますね。
モスクワ川側から見えるこの教会です。
何ていう名前なのでしょう?

さて、近づけないので遠くからの撮影になりました。
大統領府の建物の前、ニコリスカヤ広場及び兵器庫に面したところに、像が立っています。


ひとつは言わずもがな、法の女神テミス。
目隠しをして秤と剣を手にしています。
もうひとつは恐らく正義の女神アストレイアだと思います。
動物(ネコ科?)を従えていますね。


こちらの教会は、クレムリン大会宮殿の隣、トロイツカヤ塔のすぐ傍の建物(職員の詰め所?)の奥にあり、外(クタフィヤ塔側)からもよく見えるものですが、名称がわかりません。
(クレムリン案内図などに載っていません。)




鐘楼に鐘が入っていなそうにも見え、意外と新しい(再建された?)ものかもしれません。
とにかくこれも入ったり近づいたりできないので謎です。


トロイツカヤ塔の赤い星
横から見たのでこんな感じ
これで今回のクレムリンは終了です。

寺院広場の秘かなイレヴン

寺院広場の聖堂や宮殿は、グラノヴィータヤやウスペンスキー、ブラゴヴェシェンスキーなど修復のため足場が組まれたり、カバーが掛ったものが多く、撮影するのには残念な光景でした。
ブラゴヴェシェンスキー大聖堂

 グラノヴィータヤ宮殿

 ウスペンスキー大聖堂

昨夏撮ったものより上手く撮れました、というものはないので、小ネタ的なことに留めます。

ウスペンスキー大聖堂とブラノヴィータヤ宮殿の間に、路地があって、奥にリゾパラジェーニヤ教会、さらに奥にはテレムノイ宮殿付き教会があって、この何とも素敵な色合いの小さな円屋根と教会に心惹かれる人も多いことでしょう。
 

こちらは非公開エリアなので、どういう全体構造なのか謎です(航空写真でもなければ…といって、クレムリン上空の航空写真なんて公開されていないだろうし)が、テレムノイの丸屋根は全部で11個だということです。

でもここ(寺院広場側)から写真を撮ると、円屋根は9つしか見えないのですよね。
反対側にあたるクレムリン大会宮殿の方から見ても、やっぱり9つしか映っていませんね。
↓


この、クレムリン内では場違いにモダンな?クレムリン大会宮殿はソ連時代に共産党大会を開くために作られ、またボリショイのバレエやオペラの演目を一般大衆の皆様に見せるために使っていた(ボリショイ劇場自体は外国人観光客や賓客が観るため、普通のソ連国民はコネでもないと入れませんでした)大変大きな建物で、今では主にコンサート会場に使われています。
その傍らの空間、以前はカフェが存在していました。

昨夏は大会宮殿が修復最中でカバーが掛っていましたが、隣のカフェはどうだったのか記憶が定かではありません。

今年の写真です。カフェ改修中。


下は94年の写真です。
テレムノイ教会(上、丸屋根は10個見える)とカフェ(下から2番目)






テレムノイの丸屋根が11だというのはほんとうなのでしょうか?
あー、この写真。
円屋根はやはり9つしか映っていませんが、十字架はかろうじて11個見えます。


正教会に特徴的なこういう形の十字架、下の三日月形は幼子イエスの揺り籠を表しているとのこと。


 



テレムノイはかつては皇帝とその家族の居所、つまり“御所”であり、この教会は彼ら皇族のプライヴェートな教会でした。
特に皇帝の女性家族(娘や姉妹)は、外の世界に出ることなく一生殆どこのエリアで過ごしたのですね。
現在、内部がどうなっているのかは謎。